清瀧山不動院
常福寺
◇所 在 地 〒111-0042
台東区寿2丁目6−3
◇交 通 地下鉄銀座線/田原町駅下車 徒歩5分
◇開 創 不祥 現在地へ寛永12年 (西暦1635年) 5月移る
◇本 尊 阿弥陀如来
◇ 常福寺は、津軽家の由緒ある菩提寺でありました。 今は寿町にありますが、 創建以来時の流れで、
移転を重ねてきました。 最初は御曲輪内龍ノ口に寺院・不動堂並びに稲荷社等を造立し、 清瀧山不動院
常福寺と称しました。 その後、芝口御門、 慶長 16 年8月に八丁堀、 現在の浅草へは寛永12 年5月に
代地を頂き移りました。 これら度々の移転は、 施主の津軽家の意向によると思われます。 浅草に寺院再
建されてからは安住し、 寺の修復など津軽家の菩提寺として守られてきました。
開山は本祐という方で、 南光坊天海大僧正の弟子にあたります。 津軽家越中守信牧は天海とご懇意で、
国元では禅宗でしたが、 江戸に菩提寺を建てることになり、 天台宗に帰依して、常福寺を建立し、本祐が
開山となりました。
越中守信牧は生前に南光坊の弟子となっており、 その戒名は「津梁院殿権僧都寛海」 寛永8年正月14日
卒、 常福寺へ埋葬されました。
その後、 本祐は、 上野津軽家下屋敷に少々の土地を借り、 庵室をしつらえて隠居しておりました。 と
ころが、 東叡山建立につき、 山門三千の衆徒に習い、 三十六坊を建立ということになり、 諸大名方は一
院宛建立とのことで、 本祐の住まう庵室を一院となし、 信牧の号を取って、 津梁院といたしました。
時は過ぎて、 常福寺から天和元年に津梁院殿を改装して、津軽家の家督の殿様は津梁院へ葬ることに
なり、 いつとなく、 末寺が本寺のようになりました。
常福寺は幾多変遷がありましたが、 近現代になり、 大正の地震、 大東亜戦争などの災火にみまわれま
した。しかしご本尊阿弥陀如来は幾多の災難をのがれて今に伝えられ、法灯は日々に輝いております。
また、常福寺は不動院という院号が示すように、浅草寺より見て南西の方角にあり、浅草の観音様の
裏鬼門を守り、信徒の厄除け・方位除けに威力あるお不動さまがまつられています。日光、月光菩薩を
伴う三尊形式の薬師瑠璃光如来もまつられています。
都会にはめずらしく緑あふれる庭には、四季折々の花がいつも咲いて、ビルの谷間にやすらぎを感じる清
楚な浄域です。
年 中 行 事
3月春彼岸会中 檀信徒春彼岸会法要
4月8日 花まつり(釈尊降誕会)
5月5日 大施餓鬼会万霊供養会
7月盆会中 うら盆精霊供養会
9月秋彼岸会中 檀信徒秋彼岸会法要
正、5、9月 不動尊祈願