天台宗
 東京教区 
ホーム プロフィール お知らせ 宗務所 行事紹介 教区の寺院 刊行物 リンク

教区の寺院 - 法蔵院

光雲山 法蔵院 ◇所 在 地  〒110-0001 台東区谷中1−6−26 ◇交  通  JR 線/日暮里駅下車 徒歩12分 地下鉄千代田線/根津駅下車 徒歩10分 ◇開  創  慶長16年 (西暦1611年) ◇本  尊  阿弥陀如来 pt4hozo2.gif(36029 byte) pt4hozo1.gif(33195 byte) ◇慶長3年、 江戸の地に徳川幕府が開かれましたが、 それに伴い江戸城の建設、 市街地の拡張のため大 工事が行われました。  法蔵院は、 その工事により新たに造成された神田寺町に寺領を賜り、 浅草の東光院末寺として、 慶賢 法印により開創されました。 慶長 16年 (1611 年) のことです。  その後、 江戸の町は徳川幕府の中心地として発展を続け、 人口も増加したため、 神田寺町の寺院は他 所に移されることになり、 慶安元年 (1648 年) 當山は谷中の現在地に移転しました。  同時期に、 當山のほかにも多数の寺院が谷中に移転、 また明暦の大火により焼け出された寺が谷中に 集まり、 今のような寺町が形成されました。 現在、 谷中の寺院の数は 70 ケ寺以上にのぼります。  當山の記録、 書類などは戊辰戦争のおりに焼失してしまい、 その歴史はつまびらかではありません。 戊辰戦争では彰義隊が上野の山に籠り、 そのため寛永寺の堂宇が灰盡にきしてしまいますが、 上野の山 に近い谷中の地においても、 はげしい戦いが繰りひろげられました。 このため谷中の寺々も大きな被害 を受けました。  當山も、 この戊辰戦争で被害を受け、 またその後の廃仏毀釈の影響もあり、 すっかり荒廃してしまい ますが、 明治中頃、 忍道和尚により伽藍が復興されました。 その後、 幸いにも関東大震災、 戦災の被害 を免れ、 堯貫、 信雄和尚の代に本堂客殿の大修理、 境内の整備が行われ、 現在の寺観が整えられること となりました。




Copyright © 2005 Tendaishu Tokyo Kyoku. All rights reserved.