天台宗
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教区の寺院 - 心城院

柳井堂 心城院 ◇所 在 地  〒113-0034 文京区湯島3−32−4  〔通称 湯島聖天〕 TEL 03−3831−1350  ◇交  通  地下鉄千代田線/湯島駅下車 徒歩2分 ◇開  創  元禄7年 (西暦1694年) ◇本  尊  十一面観世音菩薩   pt4sinjyo2.gif(31710 byte)  pt4sinjyo1.gif(30600 byte) ◇当山は湯島神社の男坂下にあります。 泉鏡花の名作・婦系図の湯島天神境内の一幕に、 お蔦が弁天様 におみくじを引きに行く場面がありますが、 当山はもと宝珠院弁財天と称され、 湯島天満宮の境内にあ りました。 湯島天満宮は菅原道真公を祭神としていますが、 道真公はとくに聖天 (大聖歓喜天) 信仰が 篤く、 ために 「天満大自在天」 ともいわれました。  ときに元禄7年、 湯島天神の別当職にあった天台宗喜見院3世の宥海上人が、 道真公と因縁浅からざ る大聖歓喜天を奉安し開かれたのが当山のはじめで、 この本尊は比叡山から勧請した慈覚大師作と伝え られています。 以来当山は湯島の聖天さまとして熱心な信者の参詣があり、 紀国屋文左エ門も当山に帰 依された一人でありました。  享保のころ幕府の財政事情で、 幕府が扶助してきた神社仏閣への支出を削減しようと富くじを発行し ました。 江戸では谷中感応寺、 目黒滝泉寺とならび湯島喜見院が公認で富くじが行われ、 江戸の「三富」 といわれ、 後に江戸各所で行われるようになりました。 興行元の寺社の境内は、 さまざまな露店が立ち 大賑わいでありました。 当時の喜見院は相当の境域があった様ですが、 明治維新の神仏分離、 排仏の嵐 で応時の様相は一変し、 寺名も心城院と改められ、 今日に至っています。  当山の本堂は開基以来幾度となく発生した江戸の大火・大正大震災、 空襲の戦災にも遭うことなくき ましたが、 老朽化のため昭和45年に新本堂が建立されました。  さて当山は江戸名水の一つ 「柳の井戸」 があることから柳井堂と称されています。 この名水により大 震災の時、 湯島天神境内に避難した多数の罹災者の唯一の水として生命を守ったため、 当時の東京市長 から感謝状を受けました。 また境内の弁財天放生池は、 元禄の昔から病気平癒などの祈願で縁起の良い 亀を放し、 いまも 「亀の子寺」 として親しまれています。  なお当山は江戸三十三観音の第七番札所にもなっています。 年 中 行 事 正・五・九月の 16 日 大般若経転読会 柳の井 (江戸砂子 御府内備考)  この井は名水にして女の髪を洗えば如何ように結ばれた髪も、はらはらほぐれ、 垢落ちる。 気晴れて、 風新柳の髪をけづると云う心にて、 柳の井と名付けたり。 弁天池 (資料同上)  此所の池は長井実盛庭前の池と伝ふ。 昔は余程の池なりしを、 近世其の形のみ少しばかり残りたり。




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