龍華山長寿院
永安寺
◇所 在 地
世田谷区大蔵
◇交 通 東急新玉川線/二子玉川駅下車 小田急線成城学園前駅下車
バス/二子玉川園〜成城学園前駅間 永安寺前下車 徒歩2分
◇開 創 応永5年 (西暦1398年) 再興 延徳2年 (西暦1490年)
◇本 尊 千手千眼観世音菩薩 (伝恵心僧都作)
◇永安寺は室町時代(足利時代)に 「鎌倉府」 (第二室町幕府)を開いた初代鎌倉公方、 足利基氏公の
子、 二代鎌倉公方・氏満公 (二代) が没したのち、 その菩提寺として氏満公の法号 「永安寺殿壁山道
全大居士」 を採って鎌倉建長寺の曇芳大和尚が寺主となって、 応永5年(1398年) 鎌倉の二階堂大蔵
谷(おおくらがやつ)に建立され、開創当初は臨済宗に属し 「ようあんじ」 とよんでいました。 四代
鎌倉公方・持氏公は永享の乱で幕府軍に攻められ、永享11年(1439年) 永安寺において多くの家臣とと
もに自害し、鎌倉永安寺に葬られました。 これによって永安寺も次第に廃れてしまいました。
四代持氏公は切腹の際、 重臣・二階堂信濃守に永安寺の再建を遺命しました。 50年後信濃守の末孫、
清仙大和尚は延徳2年(1490年) 3月、現在地(武蔵国中丸郷大蔵)に永安寺を再興しました。
第六世、 良深大和尚によって天台宗に改められました。 (天正年間)
第十世、 法印乗海大和尚 (明暦年間) の頃、 諸堂塔を再建し仏殿を荘厳して、 現在の永安寺の礎をき
ずきました。 中興の祖となっています。 十三世法印随圓大和尚の頃にも寺容が整えられたと思われます。
「龍華山」の山号は、鎌倉の故地にあった「龍華樹(りゅうげじゅ)」と名付けられていた桜の古木
に因んでつけられました。清仙上人は鎌倉より移植して堂前に植えたといわれています。また院号は鎌
倉にあったときは四代鎌倉公方・持氏公の戒名「長春院殿」により「長春院」と号していましたが、現
在地に再興後、第六世・良深大和尚によって永安寺が天台宗に改められた時に、「長寿院」に代わった
と伝えられています。