天台宗
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教区の寺院 - 大圓寺

松林山 大圓寺       〔通称 大黒寺〕 ◇所 在 地  〒153-0064 目黒区下目黒1丁目8番5号  TEL 03−3491−2793  ◇交  通  山手線/目黒駅下車 徒歩3分 ◇開  創  寛永年間 (西暦1624年頃) ◇本  尊  釈迦如来               pt6daien1.gif(38036 byte) ◇目黒駅西口を下りると急な坂行人坂があり、 坂の途中に大円寺がある。 この坂は江戸市中から目黒不 動尊への参詣路であった。 行人坂の名は、 大円寺を拠点にする修験道の行者が、 この坂道を往来したこ とによる。 寺伝では、 寛永元年 (1624) 出羽湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を本尊として道場を開 いたのが始まりという。  明和9年(1772) 寺より火を発し、 江戸市中 628町に延焼した。 振袖火事、車町火事と並ぶ江戸三大火 事の一つになり、 行人坂火事として安永元年と年号も改められた。 幕末になって薩摩藩島津氏の菩提寺 として再興された。 門を入った左手にある五百羅漢の石像 (都有形) は、 この大火の犠牲者供養のため に当時につくられたものと伝える。 境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像 (国重文) は、 鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、 胎内に 五臓六腑がおさめられている。 正面本堂には、 江戸城裏鬼門にあたる為徳川家康をモデルに大黒天を祭 る。 山手七福神の一つで、 今日でも参詣者を集めている。  阿弥陀堂には弥陀三尊が祭られお七地蔵の木彫もある。  墓地に西運の墓がある。 西運は江戸初期、 隣の明王院(現在の雅叙園の位置)に住し、 行人坂の修築な どを行った。 門前にその時の行人坂敷石造道供養碑がある。 西運は八百屋お七の恋人吉三の出家後の名 である。  また境内に江戸時代の庚申塔が3基あり、 会津八一の歌碑も残されている。 行人坂を下ると目黒川にかかる橋がある。 雁歯橋とも太鼓橋とも呼ばれ、今は後者が橋の名になって いる。 その当時使用された石材は寺の境内に置かれている。 太鼓橋の往時の景観は、 広重の錦絵 「名所 江戸百景・目黒太鼓橋より夕日の岡」 に残されている。 明王院、大円寺一帯は夕日の岡といわれ、 紅葉・ 桜の名所でもあった。          pt6daien3.gif(30975 byte)阿弥陀堂 ○文  化  財 釈迦如来像 1193年国重文   白銅菊花双雀鏡 1193年国重文   胎内文書三片 1193年国重文   五百羅漢像 520体 1776年都重文   阿弥陀三尊 1712年区重文   十一面観音像 894年区重文   勢至菩薩像 1730年区重文   行人坂敷石造道供養碑 1770年区重文   山手七福神の大黒天 八百屋お七吉三の碑 会津八一の扁額 新東京百景指定 毎月第1日曜8時写経会




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