天台宗
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教区の寺院 - 永隆寺

参等山妙達院 永隆寺 ◇所 在 地  〒153-0061 目黒区中目黒5丁目7番21号 TEL 03−3711−5818  ◇交  通  JR 山手線/目黒駅下車 バス/東急バス三軒茶屋行自然園下下車 徒歩2分  東急東横線中目黒又は祐天寺駅下車 バス/祐天寺より東急バス目黒行自然園下下車 徒歩2分 バス/中目黒より東急バス大井町行き田道小学校下車 徒歩5分           ◇開  創  元和4年 (西暦1618年) ◇本  尊  阿弥陀如来     pt6eiryu1.gif(36184 byte) ◇当寺は、 元和4年(1618) 日蓮宗日達上人により開基され、 元は麻布山大乗寺(院号不明) と称した日 蓮宗の寺院で、 港区芝三田小山町にありました。 元禄11年11月輪王寺宮公辨法親王御預けとなり、 宗を天台宗に改め、 隋道(武州安養寺第二世等順の資) が中興の祖となりました。 天保5年1月輪王寺門主より現在の参等山永隆寺の山号寺号を、 翌2月に妙達院の院号を賜り、 新たに 開山されました。  日蓮宗の時代には、 寛永18年織田信良五女(臼杵城主稲葉信通夫人)、 延宝7年戸川安風(庭瀬藩二万 石)、元禄3年稲葉たつ(織田信久夫人) を葬りましたが、 天台宗への改宗により、織田氏・稲葉氏の墓所 は他へ移されました。 又、 当寺は元々旧但州出石藩仙石家の菩提寺であり、 仙石の城主仙石元子爵家、 大関元子爵家、 花房 元男爵家、 旗本戸川家及びそれ等の家臣の菩提所として維持されていました。  明治維新後、 当地に移るに到りました。 移転に伴い仙石家の墓は但馬国に移された為、 現在では、 仙 石騒動の中心人物であった神谷転の墓と、 出石藩士の経済学者乗竹孝太郎の墓標が残るのみとなりまし た。 又、 江戸時代の画家狩野探幽と当時の住職が親交があったらしく、 瓢形の狩野探幽の墓碑がありました が、 狩野家菩提寺になる池上本門寺境内の南之院に移されました。 ○年 中 行 事 10月17日:御十夜を兼ねた大施餓鬼会。 他は天台宗の年中行事に準ずる。 異形の仏像:宇賀神像、 歓喜童子像、 飯綱権現立像。 墓所、 墓標:狩野派中興の祖狩野探幽の瓢形の墓碑がありましたが、 現在は池上本門寺南之院に移され ています。 仙石騒動の中心人物神谷転の墓所と、 旧但馬出石藩士の経済学者で 「スペンサーの社会学原 理」 の著訳で知られる乗竹孝太郎の墓標があります。 他に仙石家奉納の六角形六地蔵塔があります。




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