天台宗
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教区の寺院 - 普明寺

拝島山 普明寺 ◇所 在 地  〒196-0002 東京都昭島市拝島町1丁目−20−16 TEL 042−541−1009 ◇交  通  青梅線/拝島駅下車 徒歩30分 バス/JR 中央線立川駅より拝島行き 第一小学校前下車 徒歩2分   ◇開  創  天暦6年 (西暦952年) ◇本  尊  大日如来             pt8fumyo2.gif(34164 byte) ◇境外仏堂である大日堂の創建は、 寺伝によると天暦6年(952) 玉川花井の島から大日如来の尊像が出 現し、 人々が祠を建て拝んだところから、 拝島の地名がついたと伝えています。  その後戦国期、 小田原北条氏が滝山城の築城にさいし、 城の鬼門除けとして現在地に移され、 滝山城 主北条氏照の重臣、 石川土佐守が娘の眼病を祈願し、 平癒により 「大日八坊」 といわれた、 別当普明寺 など一山八ケ寺を建立したと云われます。  天正19年(1591)には徳川幕府より朱印10石を下賜され、 享保17年(1732)には大日堂の位置を石段上の 現在地に移し、 建物を再興しています。  境内は大日堂を中心に薬師堂、 鐘楼、 仁王門と、 天台宗の守護社である日吉神社によって形成され、 典型的な天台宗の寺域を構成する都内でも数少ない境域として、 「東京都史跡」 に指定されています。 pt8fumyo1.gif(35316 byte) 普明寺  大日堂の別当寺として、 天正元年(1573)創建され、 大正6年(1917)拝島大火のため類焼の厄に会い、 昭和10年(1935)本堂再建、 昭和50年(1975)庫裏改築、 昭和57年(1982)山門、 昭和61年(1986)客殿を建設 しています。 ○文 化 財 都指定有形文化財  木造大日如来 (金剛界) 坐像 寄木造り、 藤原時代、 像高 157.5 p   大日堂内の大厨子のうちに、 この大日如来を中心に、 等身の釈迦、 阿弥陀如来を安置しています。  木造釈迦如来坐像   寄木造り、 藤原時代、 像高 90 p  木造阿弥陀如来坐像   寄木造り、 像高 86 p   像内の墨書銘から、 元禄5年(1692)江戸の大仏師大前兵部により作られた事が知られます。  木造金剛力士像 2躯   寄木造り、 鎌倉時代の製作   昭和50年〜52年に京都美術院で解体修理により、 胎内墨書銘から、 右側の 「阿形像」 322 pは正和   3年(1314)肥前房という仏師によって、 左側の 「吽形像」 333 pは正和4年(1315)鎌倉の仏師備前 □(不明)信によって作られ、 共に鎌倉幕府の地頭職谷慈孫三郎重光が作らせたものです。 都指定天然記念物 「拝島のフジ」   樹齢800年と云われる巨木です。 伝承によると室町時代明王院の境内に自生しており、 江戸時代初期 に明王院は廃寺となり、 フジだけが残り俗に「千歳のフジ」 呼ばれ、 開花時には花見の人で賑わって います。  なお、 明王院は平成2年に再建されています。 市指定文化財 「おねい」 の井戸  滝山城主北条氏照の重臣石川土佐守が、 大日堂に娘おねいの眼病平癒を祈願し、この井戸の水で目を 洗って治ったので、 そのお礼のために古いお堂を建て直し、また新しく「一山八坊」を作り滝山城の鬼 門除けにしたと伝えています。 山王祭礼図絵  昭和4年(1767)日吉神社の祭礼行列の絵巻です。   村の人たち老若男女全部が月1銭づつの貯金をして、 その金でお神輿や祭りの道具を作り、盛大に第 1回の祭礼が行われたのです。  この祭礼は、「拝島の榊まつり」 して都無形民俗文化財に指定されています。




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