高田山
寶積寺
◇所 在 地 〒196-0032
昭島市郷地町1丁目13番3号 〔通称 郷地のお寺〕
TEL 042−541−0443
◇交 通 青梅線/西立川駅下車 徒歩20分
◇開 創 文禄元年頃 (西暦1592年頃)
◇本 尊 薬師如来
◇元和、寳暦と両度火災に罹り資料もないため由緒不詳である。 その後二十世瀬沼宥勝代の昭和35年頃
本堂の屋根を麦藁葺から瓦葺にし、 昭和44年に庫裏を改築し、 昭和48年に観音堂を移築し、 境内が整備
された。
寳積寺の位置は南に多摩川があり、 西に富士山が見える高台にある。 昔は周囲は田と畑であり、 農村
地帯でありましたが、 寳積寺と多摩川の間にバイパスが出来るにおよんで、 急激に都市化された。
農村地域における先祖代々を供養する事を中心とした宗教意識が、 どのように変化して行くか関心のあ
る所である。
著名人のお墓としては、 鈴木俊一元東京都知事の両親のお墓がある。
○俳人不老軒轉の墓
郷地の寳積寺境内に俳人不老軒轉の墓あり。 轉は本名を伊八、 郷地の生れにて豆腐を商い、 風雅の道
を好む。 餘技に作りし短冊を玉川浮木摺と稱して名高し、 短冊の表に木理をすり、 裏に雲母を引きて風
流なり、 太田蜀山人など之を愛用せりと云う。 轉に月廼野露草雙紙と言う著書あり。 郷地宮崎博充方に
其の原本を有す。 轉は嘉永6年正月94才にて歿す。
轉には次の様な話しもある。
或る雪の日蜀山人が尋ねて来た時、 轉は豆腐を作っていたが、 即座に
我家は豆腐のはこで穴だらけ
霰のような雪がふりこむ
と答えたと言う。
辞世の句
望なき身にはことしの夢もなし
○年 中 行 事
4月8日 花祭り
7月16日 施餓鬼会
観音堂
他所から移築したもので、 七観音が安置されている。