寺院紹介

地区別一覧へ戻る

玉嶋山明星院 東江寺(通称:多田の薬師)

所在地 〒125-0041 東京都葛飾区東金町2-25-12
T E L 03-3607-0530
交 通 地下鉄千代田線接続/JR 金町駅 徒歩10分
開 創 天正11年 (西暦1583年)
本 尊 薬師瑠璃光如来

当山は玉嶋山明星院東江寺と号す。現在地(葛飾区東金町)へは昭和3年(1928)7月に、旧本所番場町(現墨田区東駒形)より移る。
多田薬師東江寺は今を去ること約423年前、天正11年(1583)江戸本所、隅田川のほとり(現・駒形橋近く)に開かれた。現本堂の宮殿(くうでん)の奥深く御厨子に安置されている薬師瑠璃光如来及び法華経八巻は『往生要集』で有名な恵心僧都・源信のお作と伝えられている。
この薬師如来像が多田満仲の念持仏であったことから普通には多田薬師と呼ばれていた。満仲(912~997)は清和天皇の六孫王源経基の長男で、源満仲と言い、大江山の鬼退治で有名な源頼光の父、清和源氏(多田源氏)の基とされた武将である。
満仲は恵心僧都に帰依し(天徳2年)、摂津多田の郷に沙羅連山石峰寺を建立。文永2年兵火にかかりお堂は灰燼に帰したが、本尊と法華経は八角の石櫃に収められ山中に埋めたものを慶長元年(1596)徳望家・多田宗玄が発見、仮安置をしたが同8年「もう少し広い所へ移り多くの人々を救いたい」という夢のお告げがあり、京都五條の因幡堂へ移し奉った。その後、同じく五條の橋詰・若宮八幡宮のほとりに堂を建て石峰寺と号し、そこへ安置申し上げたということである。
その頃、徳川家康が江戸幕府を開き、それにともない江戸に移る者多く、多田薬師も、堺の比丘・聖珊によって天正11年東江寺に移されました。以来、上野東叡山寛永寺の末寺として江戸三百余年の間、安政の大地震やその他の火災・水害にも遭わず、多田薬師として信仰を集めた。
大正12年(1923)の関東大震災には本堂消失。その大火の中、昭順住職(第二十七世)及び信順住職(第二十八世)がご本尊及び法華経を背負って、難を逃れることができた。
(由来記による)

 

昭和24年(1949)開設された東江幼稚園とともに近年は開かれたお寺・子育て薬師・東江寺として親しまれています。
生まれたら死ぬ、死をも受け入れ且つ、最後まで人生を味おうとする志をもっている方々と「大いなる生命の流れ」の中で願いをもって喜びの方向に歩みたいと思っております。

■年中行事

1月1日 修正会(年越の坐禅会)
1月6日 七福神めぐり
4月8日 花まつり(幼稚園)
5月2日 施餓鬼会(毎年5月2日です)
8月15日 すいとんの会(幼稚園と合同で)

その他、盆、春秋彼岸供養、カラオケの会、写経・法話の会・お正月飾り作り(幼稚園と合同)・心をキレイにする日帰り旅行・心とカラダをキレイにする一泊旅行・「お湯のみからお骨壺まで」の陶芸教室など開かれたお寺として活動している。

 

○特記(永代供養墓・幼稚園活動など)
「生きているうちに仏法に出合おう」が合言葉。1992年に全面改修した墓地は車イスでの墓参も可能。
新規入檀も受け付けています。
継承者がいない方や、家単位で墓を持つ必要がないという方のために永代供養墓を墓地の入口付近に作りました。どっしりとした石仏の見守る永代墓は歴代住職の墓と納骨部分が繋がっています。
「住職と一緒にはいれる永代供養墓」です。

 

学校法人 東江寺学園 東江幼稚園
TEL 03-3607-0548
東江寺境内にある東江幼稚園は、お寺の幼稚園としてユニークな木造園舎。樹木の多い広々とした園 庭でたてわりクラスによる保育を行っています。
詳しくは専用ホームページ”http://toko-youchien.jp/“をご覧下さい。