寺院紹介

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松林山 大圓寺(大円寺|通称:大黒寺)

所在地 〒153-0064 東京都目黒区下目黒1丁目8番5号
T E L 03-3491-2793
交 通 JR 山手線/目黒駅 徒歩3分
開 創 寛永年間 (西暦1624年頃)
本 尊 釈迦如来

目黒駅西口を下りると急な坂行人坂があり、坂の途中に大円寺がある。この坂は江戸市中から目黒不動尊への参詣路であった。行人坂の名は、大円寺を拠点にする修験道の行者が、この坂道を往来したことによる。寺伝では、寛永元年(1624)出羽湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を本尊として道場を開いたのが始まりという。
明和9年(1772)寺より火を発し、江戸市中628町に延焼した。振袖火事、車町火事と並ぶ江戸三大火事の一つになり、行人坂火事として安永元年と年号も改められた 幕末になって薩摩藩島津氏の菩提寺として再興された。門を入った左手にある五百羅漢の石像(都有形)は、この大火の犠牲者供養のために当時につくられたものと伝える。
境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑がおさめられている。正面本堂には、江戸城裏鬼門にあたる為徳川家康をモデルに大黒天を祭る。山手七福神の一つで、今日でも参詣者を集めている。
阿弥陀堂には弥陀三尊が祭られお七地蔵の木彫もある。
墓地に西運の墓がある。西運は江戸初期、隣の明王院(現在の雅叙園の位置)に住し、行人坂の修築などを行った。門前にその時の行人坂敷石造道供養碑がある。西運は八百屋お七の恋人吉三の出家後の名である。
また境内に江戸時代の庚申塔が3基あり、会津八一の歌碑も残されている。
行人坂を下ると目黒川にかかる橋がある。雁歯橋とも太鼓橋とも呼ばれ、今は後者が橋の名になっている。その当時使用された石材は寺の境内に置かれている。太鼓橋の往時の景観は、広重の錦絵「名所江戸百景・目黒太鼓橋より夕日の岡」に残されている。明王院、大円寺一帯は夕日の岡といわれ、紅葉・桜の名所でもあった。
 

阿弥陀堂

 

○文化財
釈迦如来像 1193年国重文
白銅菊花双雀鏡 1193年国重文
胎内文書三片 1193年国重文
五百羅漢像 520体 1776年都重文
阿弥陀三尊 1712年区重文
十一面観音像 894年区重文
勢至菩薩像 1730年区重文
行人坂敷石造道供養碑 1770年区重文
山手七福神の大黒天
八百屋お七吉三の碑
会津八一の扁額
新東京百景指定
毎月第1日曜8時写経会