寺院紹介

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金剛山圓通院 觀音寺(観音寺)

所在地 〒141-0032 東京都品川区大崎3丁目8番12号
T E L 03-3491-6861
交 通 JR 山手線/大崎駅 徒歩2分
バス東急/大崎警察署前駅 徒歩5分
開 創 弘治元年頃 (西暦1555年)
本 尊 釈迦如来

当寺は金剛山圓通院観音寺と称します。かつては東雉山松琳院と号したものが、いつの頃か今の名称へ改まったといいます。
弘治年間(1555~558)の創建といわれ開山は光海和尚。当初は目黒川居木橋の南に所在していたのが、数度の水害を被り、これを避ける為に元禄年間、一村挙げ現在の高台の地に移転をしたとされます。
本尊仏は如意輪観世音菩薩でありましたが、滅罪と祈願と分つに至って別堂を設け現本尊仏の釈迦如来を安置、鎮守五社明神の本地仏として、歴代の住職が其の別当職ということであります。
中興開山、第13世知淵(享保年間)の時に、麹町山王別当城琳寺の末寺になりましたが、明治のご維新以来復飾され之に依って芝町三田の西藏院の末寺になりました。
本尊の釈迦如来坐像は、像高51.6㎝(一尺七寸)木造・漆箔。玉眼嵌入、肉髻珠と白毫・水晶製。
大衣を通肩にまとう定印の像です。胸前部の裏面に記された墨書銘より、江戸時代前期、元禄7年(1694)の作と知られます。なお本像の両脇侍、文殊・普賢両菩薩像は昭和後期の作です。
当寺の所在地である大崎の名は江戸時代から有る古い地名で、明治22年に上大崎村と下大崎村・谷山村(ややまむら)居木橋村(いるぎばしむら)桐ケ谷村など、現在のJR 山手線の大崎・五反田・目黒の各駅の周辺が統合されて大崎村の名称になり、明治41年に町制が敷かれて荏原郡大崎町に、昭和7年品川区へ編入されて品川区大崎に、そしてこの旧品川区と荏原区とが昭和22年に合併して現品川区ができ50年が過ぎました。

 

○文化財

石造庚申供養塔:延宝5年(1677)造立の笠塔婆型庚申供養塔。供養塔上部に日・月が配され中央部に青面金剛が邪鬼を踏みつけている像が刻まれています。風化が進んで判読し難いが、側面に造立者の名前が80ほどびっしりと刻まれており江戸後期の居木橋村の戸数38戸であったことで全戸の者が造立に関わったと思われます。

 

石造馬頭観音像:昭和17年(1942)に造られました。忿怒面で頭部に馬の顔が刻まれているこの馬頭観音像は、この地付近にもと牛馬の屠場があり、動物供養のために関係者によって造立せられたといいます。

境内には他に「堅者法印堯温塔」「石橋十六ケ所供養塔」等が建っています。