寺院紹介

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龍寳山常楽寺 知行院

所在地 〒157-0067 東京都世田谷区喜多見5-19-2
T E L 03-3417-3456
交 通 小田急線/成城学園前駅
バス/次大夫堀公園 徒歩3分
開 創 天正16年 (西暦1588年)
本 尊 薬師如来

知行院は東京23区内とはいえ緑豊かに今尚所々に田畑を残す町、世田谷区喜多見の中心に位置します。喜多見は東名高速が多摩川を超えて最初に東京に踏みいれる町で東京オリンピック以後住宅の建設が進み急激にその様相を変えていますが古墳や民家園が残る東京の中でも比較的歴史のある地域です。
その中で知行院は明治以降の学区制施行に伴う研精学舎として寺の開放を始め常に町のコミュニティーセンターとしてその近代化の中心を成してきました。
知行院の発祥は室町時代末期、文明の頃十王堂(閻魔堂)と護摩堂が有ったと謂れ、天正16年(1588)に頼存法印がそれを立て直し開山したという記録が寺伝に残っております。以来この方を開山としています。喜多見は当時江戸氏の末裔(十八代)、喜多見若狭守勝忠(喜多見氏初代)の領地で、氏は父祖以来の居館地から丑寅に当たる方位に当院を、更に境外下野田の地に不動堂を建立或いは再建、鬼門除けの祈願所として除地若干を寄進されました。この事から知行院はこの方を開基としています。
慶安2年(1649)徳川三代将軍家光より朱印状を受けました。これには先規にまかせとあり従来喜多見氏より受けたと思われる八石二斗余りの領地と除地若干の寺領を安堵するという内容のもので、以後代々の将軍家より九通の朱印状を受け十四代将軍家茂まで続きました。
享保10年(1725)第十三世聚海和尚が発願し第十四世弁祐和尚が続願して本堂と山門を新築しました。開創当時からの本尊は十一面観音菩薩でしたが、小体なので弁祐和尚が安阿弥作の阿弥陀如来を本尊としました。また同じ頃十王堂と運慶作と言われる閻魔像が頽破したので、閻魔坐像と倶生神二体を新刻しお堂も改築し閻魔堂と改称されました。
明治の初、本寺祷善寺が廃寺となりその本尊薬師如来(現本尊)と脇侍(日光・月光菩薩)とも慶元寺(浄土宗)に遷されましたが当院の檀家の皆様が願い出て明治20年頃から当院の本尊として祀り、明治41年正式に本尊と成りました。
平成2年から開創400年を記念し、本堂、影向殿(檀信徒会館)、書院庫裡、寺務所、六地蔵堂を新築、平成8年落慶しました。

■年中行事

1月元旦 初詣 年頭受
修正会大護摩供
1月28日 初不動
2月15日 涅槃会(古塔婆等焚上)
5月18日 めぐみ観音例大祭
7月5日 大施餓鬼会
10月18日 めぐみ観音例大祭
12月大晦日 除夜の鐘
参拝者先着108打鐘

■毎月行事

毎月28日 厄除不動大護摩供
平日 午前十時~
日祭日 午後一時~
随時受付 御祈祷・添護摩木

■その他

御詠歌教室 3クラス 月2回
舞踊の部 毎週
カラオケ教室 2クラス 毎週
少年野球 世田谷侍ボーイズ(中学生硬式野球)