寺院紹介

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砂尾山橋場寺 不動院


所在地 〒111-0023 東京都台東区橋場2-14-19
T E L 03-3872-5532
U R L http://www.fudoin.jp/
交 通 地下鉄日比谷線・千代田線・JR 常磐線/南千住駅
都バス/橋場2丁目アパート前 徒歩1分
開 創 天平宝字4年 (西暦760年)
本 尊 不動明王

橋場不動尊の名で親しまれる当寺は、正確には砂尾山橋場寺不動院といい、天平宝字4年(760)寂昇上人によって開創された。当初は法相宗であったが、長寛元年(1163)に、中興の祖といわれる教圓坊(一説には長圓)によって、天台宗に改宗され、浅草寺の末寺となったと『文政寺社書上』に記されているが、現在は浅草寺と本末関係はなく、比叡山延暦寺末となっている。
本堂は弘化2年(1845)の建立で、その古色をおびたたたずまいは、うるおいにみちている。
本尊の不動明王像は、『江戸名所図会』に『緑起に曰く、本尊不動明王は、良弁僧都相州大山寺にありし頃、彫刻ありし三体の一にして、かの寺の本尊と同木同作なり。僧都一時上足寂昇師に告げて云く、三体のうち一体はこの山にとどめ、一体はみずから持念す。残るところの一体は、汝に附属すべしとなり。仍って僧都化寂の後、(宝亀四年歳八十二にして寂せり)寂昇上人上総の方へ赴く道の次、適この地に至り、霊告を得て有縁の地たることをしり、ここに安じ、則ち村老野人にかたらひて草堂を営み、砂尾不動と号す云々。』とあり、良弁僧都の御作であることがわかるが、このご本尊は秘仏となっており拝観することはできない。しかし、お前立のご本尊としての不動明王があり、その偉容は周囲を圧している。だれの作かはわからないが、おそらく鎌倉期のものとの推察される。
寂昇上人が、浅茅の生い茂るこの地に当寺を開創したのは、1200余年も昔のことで、奈良時代末期のことであるから、文字通り橋場第一の古刹といえよう。

○富貴弁財天
ある信徒の方が見えて申すには、昨夜次のような夢を見たというのです。「橋場の御不動様の本堂前を竹ぼうきで掃いていたら、落葉の間に大きな白い蛇が出てきました。こわくなって本堂左わきの木の下まで竹ぼうきで追っていったら、木の上から又、蛇が落ちてきました。ずっと木の上を見たら、なんと無数の蛇がむらがっているではありませんか。あまりのこわさに目がさめました。…このような夢を2日間にわたって見ましたが、何かお不動様と関係があるのでは……」
私は「お不動様と蛇ね。うーん、あまり関係なさそうですね」といって、その信徒の方を帰しました。しかし又、別の信徒の方が見えて同じような話をされるので、考えてみたところ、お堂の片隅に、古びた弁財天様がお祭りしてあることに気がつきました。
これはお不動様が弁財天様を修理するよう命じられたのだと思い、さっそく修理させていただくよう発注いたしました。
ところが、これまた不思議なことに、井之頭の弁天様のご本堂が立派に出来上がり、その落慶法要の帰りに修理所に立ち寄ったところ、当初は、虫喰いもないので、無くなっている手や持物をつけ、彩色をほどこす程度の修理の予定でしたが、お首が少し動くので、取って見ましょうと修理士が言い、首をぬいたところ、胎内より奥書が出て来たのです。それによりますと、元禄2年(己巳)9月に保田庄衛門という方が奉納したことが判明いたしました。元禄2年はその時より丁度300年前に当たります。60年周期ですからその年は己巳の年に当たります。全く不思議な御縁に、身が引きしまる思いをしたことでした。

 

○(年1回御開帳厳修)
関東36不動霊場 第23番札所
浅草名所七福神 布袋尊奉安