寺院紹介

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藤橋山正覚院 報恩寺

所在地 〒198-0021 東京都青梅市今寺1丁目540番地
T E L 0428-31-4026
交 通 JR 青梅線/河辺駅
バス/慶友病院行西東京農協前 徒歩10分
開 創 弘仁13年 (西暦822年)
本 尊 阿弥陀如来

青梅市内唯一の天台の古刹、延暦寺の亮海大和尚(元慶元年6月24日入寂)の開基、鎭護として比叡山の日吉山王権現を勧請した(現在の常盤樹神社)。
元享二年(1322)承祐の代に三田禅正平清綱により再興、更に天正年間(1573~1591)藤橋城主・平山越前の守平重吉(天正20年7月22日寂)により再々興された。古くは東暁山と称したが時の住職深く恩義を感じ山号を藤橋山と改めた。この頃報恩寺を中心に四院三坊(華蔵院、延命院、常楽院、泉蔵院、安養坊、常泉坊、大蔵坊)が建立され最も隆盛をきわめた時代であり、天正19年(1591)寺領10石の朱印状が寄せられた。
時はくだって寛政9年(1797)火災により地蔵堂山門を残し本堂庫裏をはじめ佛像、重要書類すべてを焼失、四院三坊も泉蔵院(延享元年小平市へ移築)を除き廃寺となった。文化元年(1804)良円がようやく諸宇を再建(本堂間口8間奥行6間半、書院間口4間奥行3間、玄関間口4間奥行2間半、庫裡間口3間半奥行7間)した。
以来176年経過した昭和55年第69世信健本堂・玄関を大修繕すると共に書院は取壊わし改築、更に平成5年(1993)客殿木造銅板葺平屋建42坪、庫裏木造瓦葺2階建延64坪を新築。
時を同じくして篤信者星野トヨ檀徒は「一隅を照らす運動百万巻写経」に賛同し般若心経1万巻を比叡山へ奉納、かつ当山への帰依深く、信心の誠をささげ境内に伝教大師尊像と一隅碑、霊苑内に御本体12尺の聖観音(長岡和慶作)建立。本堂須彌壇上に御前立本尊阿弥陀如来及び四天王(宇津野善晃作)を奉安、内外面目を一新した。

 

 

○地蔵堂
正面3間、奥行3間宝形造(旧寄棟造)茅葺型銅板葺(旧茅葺)東面。建立年代に関する資料として文禄5年(1596)他、数枚の再興棟札が現存する。堂宇の外観は住宅的で簡素であるが、内部は木太く中世的な来迎柱回りを中心として古式ながら華やかな細部をもっていて江戸時代以前の青梅という古村地帯における佛堂建築の水準の高さを証明する貴重な遺構である。
昭和47年榊原文化財建築技官監督のもと解体復元工事が行なわれ旧観(桃山時代)に復した。本尊は延命地蔵尊(鎌倉仏師・弘円作)永正9年(1512)三田氏宗とその子政定、顕昌により寄進された旨胎内に記されている。7月23日が縁日で地蔵尊が御開帳され、昼は本堂で大施餓鬼会を厳修、夜は境内にやぐらを組んで盆踊りと1年中で1番にぎわう日である。

 

○青石卒塔婆
古生代に堆積した岩石(秩父古生層)が変成作用をうけて出来た緑色の片岩を加工した板で作った卒塔婆は現在一般に「板碑」と呼ばれる。暦代住僧の境内墓所には数々のこの板碑があり、うち貞和2年(1346)師承祐のため隆承が造立したものと、延文2年(1357)隆承の供養に弟子たちが造立した2基は製作も優れ、ともに市有形文化財の指定をうけている。また寺域一円市の史跡になっている。

■年中行事

1月1日 初詣
1月4日 檀家年始回礼
2月3日 節分会
3月春彼岸 彼岸会法要
4月8日 花まつり
7月15日 午前8時盂蘭盆会法要
7月23日 地蔵尊縁日・大施餓鬼会
8月1日 百万遍念仏会
8月23日 地蔵尊縁日
9月秋彼岸 彼岸会法要
毎週水曜日 書道教室
毎月22日 地蔵講(於 地蔵堂)