寺院紹介

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大雄山普照院 境妙寺

所在地 〒164-0002 東京都中野区上高田4丁目9-3
T E L 03-3385-7609
交 通 JR 中央線・都営地下鉄大江戸線/東中野駅 徒歩11分
東京メトロ東西線/落合駅 徒歩9分
開 創 元和年中 (西暦1615~24年)
台宗開基元禄11年 (西暦1698年)
本 尊 阿弥陀如来三尊

当寺は元日蓮宗に属し、高耀山寂光寺と称して麹町地獄谷の地にありました。
寛永6年(1629年)御城廓造営の時、千駄ケ谷(現・国立競技場所在地)に移りました。その頃境内に松の名木があり、三代徳川家光が鷹狩りをした時に愛鷹がいなくなり落胆していた所、その松にこの鷹が留まり家光の元に戻ったので、御褒賞として松に鷹の名前を与え遊女と呼ばせたそうです。その旧跡を偲ぶ松と石碑が現在明治神宮外苑にあって当時の名残をとどめています。
元禄11年(1698年)に改宗し天台宗となりました。台宗開基は貞栄です。一説には、日蓮宗不受不施派弾圧によるものと言われています。
安永年間(1772~1780年)には紀伊徳川家の下屋敷が千駄ヶ谷にあった関係か、紀伊公邨霊堂の別当に命ぜられました。そのため今でも、本堂の瓦には葵の御紋が入り、徳川家ゆかりの寺などに見られる黒門が寺門となっています。別当に命ぜられてから戊辰の混乱までの様子は、慶応4年(1868年)に当時の住職である第十一世慶圓が、その恩沢に報いる為に作った位牌の裏書きに見て取れます。
中興十世智順の代(1824~1846年)に堂宇が再整備され、天保5年(1834年)に寺号も改め大雄山普照院境妙寺と称しました。
のち大正4年(1915年)明治神宮外苑造営の折、上高田の地に移転し今日に至ります。
当寺に保管されている過去帳には塙保己一の名があります。塙保己一は、幼少の頃に失明しましたが、和漢に通じ40年の歳月を費して『群書類従』を完成させました。

■年中行事

5月20日 大施餓鬼会
7月13日 盂蘭盆会