寺院紹介

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長命山地藏院 徳藏寺(徳蔵寺)

所在地 〒141-0031 東京都品川区西五反田3丁目5番15号
T E L 03-3491-2571
U R L http://www.tokuzouji.or.jp/
交 通 JR 山手線/五反田駅 徒歩5分 目黒駅 徒歩6分
開 創 天正年間 (西暦1573~91年) 中頃
本 尊 阿弥陀如来 (弥陀三尊)

徳藏寺は、天正年間中頃に梁譽道元大和尚によって武蔵国荏原郡大崎村に開創されました。織田信長、豊臣秀吉が政権を握った安土桃山時代の初期の頃のことです。
創建当時の本寺は、江戸麹町城琳寺です。(新編武蔵野風土記稿)
起伏の富んだ地形にあり、台地にのぼれば眺望がよく、低地には小川が流れ、斜面には泉が湧出するという環境豊かな地で、万治年中(1658~60)以降になると、周辺には大名や旗本の中屋敷・下屋敷・抱屋敷がつぎつぎと作られました。「天狗の宿り松」で知られる柳生家の屋敷地は、徳藏寺の西方に接していました。
寛永元年(1624)3代将軍家光が、荏原郡品川村周辺に放鷹に訪れたおり、家光最愛の鷹が飛び去ってしまい、心を傷めた家光は、徳藏寺が別当を兼ねていた稲荷社に行厨を供え、その帰還を祈ったところ、たちどころに鷹が舞い戻ったといわれています。(『大崎町郷土教育資料』大崎町小学校長会編)
この稲荷社は、のちに重箱稲荷とよばれ、霊験顕かなことで人びとの厚い信仰が寄せられた稲荷社でしたが、昭和35年頃に消滅しました。
江戸時代には、三途老婆像と閻魔大王像建立で庶民信仰と教育にたづさわりました。

 

塩地蔵尊(石像)
貞享4年(1687)竜雲院一峰義天居士の菩提を弔うために、安置された尊像で、像高約1.5mの立像です。塩地蔵とよばれる地蔵尊は、きわめて珍しく、「北向き地蔵」ともよばれています。
当寺の塩地蔵尊は、塩地蔵に供えられた塩を少量もち帰り、お風呂に入れて入ると諸病に効果験があると伝えられ、当寺の塩地蔵は眼病に霊験顕かな地蔵として知られていました。

 

三輪地蔵尊(石像)
五代将軍綱吉に仕えた大奥の老女・三輪の菩提を弔うため、元文3年(1738)に安置されたもので、右の膝を折り、左脚を下におろした像です。当寺の三輪地蔵は、虫歯の痛みをとり除く効験があると伝えられ、数多くの人びとが参詣に訪れました。虫歯病に悩まされた老女・三輪が菩薩となって、同じ悩みをもつ者の痛みを受けて下さる、という信仰になったのでしょう。

 

十夜法要…俗に「お十夜」ともよばれる法要で10月6日から15日までの10日10夜開催されていたが、戦中より奏使が廻らなくなりました。

 

○品川区立第一日野小学校発祥の地

徳藏寺が村の比較的中央に位置していたこと、寺小屋教育の場であったこと、当時の野田元海住職が教育に熱心であったことや明治初年に地券作製の事務所に充てられていたことによる。
後の明治10年1月徳藏寺に私立小学校を設置、桐渓・富士見両校の生徒も併合した。
教師に野田元海と前田半氏がなり、これが日野小学校の起源となる。翌11年8月18日に公立小学校日野学校を創立。上大崎村・下大崎村・谷山村・居木橋村の4ケ村連合の学校として、徳藏寺本堂で授業が行われていた。第2中学区第10番公立小学校日野学校と称した。

 

○品川区認定文化財

双盤(41.5㎝)×4基・太鼓1基
諸国一の宮標石
庚申塔(4基)

■年中行事

毎年5月12日 大施餓鬼会
毎月24日 地蔵会
毎年4月8日 花祭り法要
春分の日 春・彼岸供養
春彼岸 中日、秋彼岸 中日 彼岸会法要