寺院紹介

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薬王山延寿院 善養寺

所在地 〒170-0001 東京都豊島区西巣鴨4丁目8番地25号
T E L 03-3915-0015
交 通 JR 大塚・王子駅
都電/西ケ原4丁目 徒歩5分
開 創 伝天長年中 (西暦830年頃)
本 尊 薬師如来

この寺の開基は天長年中に慈覚大師円仁によってなされたとされています。このことは承応2年の公海大僧正の令旨により知ることができます。この文書のなかで秘仏である本尊は医王如来が奉安されていると誌されています。
江戸時代は東叡山末とされました。
明治末年に現在地に鉄道敷設のため移転を余儀無くされました。

 

 

当寺には閻魔大王を安置するが江戸三大閻魔のひとつとされます。『江戸名所図会』には運慶作というが当寺は何回か類焼にあっているので現存の閻魔さまは運慶作ではないであろうと思われます。またどのような経緯で当寺に大閻魔(丈六の座像)をお祀りするようになったのかの由来を『御府内備考』には示していません。
当山墓地には陶工の尾形乾山の墓があります。
また当山は千葉大原北日在に別院を有します。第25世谷誠順師の建立で聖観音を安置しています。通称「日在観音」と呼ばれています。そこからは太平洋を限り無く望むことができます。

 

○文化財史跡
尾形乾山の墓と追善茶会
当山境内墓地に陶工乾山の墓(都の史跡)がある。明治の末年当寺移転に際し乾山の墓並びに抱一の碑の所有権に紆余曲折があり、複製を寛永寺境内に安置することで決着した。初代乾山には子がなかったがその歴世は6世(大正12年没)まで続いた。しかし、7世を襲名すべき6世の娘尾形奈美(乾女)は昭和44年に陶工では兄弟子のバーナード・リーチと計らい、乾山の号は第6世を以て完結することとし、ときの陶工・研究家・作家・評論家など関係者50名程の承認の署名を得た。
その後8世乾山を名乗る人が作品を世に出しているが、乾山顕彰会は認めない。